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矯正学―最後の未踏学術(連載第3回)

矯正学における矯正

矯正学における矯正とは、犯則行為を犯した人に対して働きかけて、その思考と行動のパターンを正すことである。その点、人格改造と呼ぶこともできないではないが、人格改造はどこか機械的で作為的な印象を否めないので、用語として適切とは言えない。

犯則行為を犯した者には、思考と行動に特有のパターンがある。まず、解決すべき何らかの問題に当面したとき、通常は合法/違法を含めた複数の解決策があるところ、犯行者は違法な策を選択したという点では、犯則内容を問わず共通している。

複数の解決策を検討するとき、違法な策のほうが合法な策よりも容易で、自己利益も大きいということは十分にあり得る。そうした場合にあっても、法規範を想起し、違法行為への反対動機を形成しつつ合法な策を選択するかどうかは、大きな分かれ道である。

犯行者はそうした反対動機の形成ができず、違法行為を選択し、実行してしまう。それは思考のうえで、安易さや利益を追求しがちなパターンを示している。常習的に犯則行為を繰り返す者は、そうしたパターンが完全に固着していると言える。

もちろん、中にはいわゆる出来心からとっさに違法行為を選択してしまう初犯者もいるが、たとえ初犯であろうと、彼/彼女の思考は安易さや利益を選好する傾向を示していることに変わりない。

ただ、思考にとどまらず、行為として犯則が実現されるうえでは、ある種の実行力を要する。称賛すべきものではないが、違法行為をあえて実行する者にはある種の勇気があると言える。実際、違法行為を選択しようとしながら、実行する勇気が持てず断念する者もいる。

このような違法行為の実行力は、行動における無規律さというパターンを示している。すなわち、自己の行動を法規範に適合するように律することができず、自己の思考の及ぶがままに行動する傾向である。ここでも、常習者ほどこうした無規律な行動パターンが固着していると言える。

如上の犯則行為者の思考と行動のパターンの固着程度については個人差が大きく、また犯則内容によってその病理性の強度にも差があるので、一律にあらゆる犯則行為者に妥当する汎用的な矯正法を編み出すことは不可能である。

そこで、矯正学では、矯正の対象となる犯則行為者をいくつかに類型化し、それぞれの特性を踏まえながら矯正法のあり方を個別に考究する必要性が出てくる。そうした類型を概括的に挙げるとすれば、次のようになる。


Ⅰ 病理的暴力犯
:何らかのパーソナリティー障碍または精神・脳神経障碍を原因・因子とする犯行者。ただし、Ⅱに含まれる性暴力犯とⅢに含まれる物質依存性の暴力犯は除く。不可解な動機による殺人犯が典型的である。統合失調症や認知症のような精神・脳神経疾患を原因・因子とする暴力犯を含むが、多くはパーソナリティー障碍を原因・因子とする。

Ⅱ 非病理的暴力犯
:何らかのパーソナリティー障碍または精神・脳神経障碍を原因・因子としない犯行者。ここでも、Ⅱ及びⅢに含まれる暴力犯は除く。合理的に理解し得る動機からの暴力犯が典型的である。初犯者や一回的な機会犯も多い。

Ⅱ 性暴力犯
:レイプ犯が典型的であるが、暴力には至らない強制力や支配力を用いる性的犯行者を含む。常習的である必要はない。ただし、飲酒行為に起因する一過性痴漢行為のようなものは除く(Ⅲの物質依存犯に含まれる可能性はある)。

Ⅲ 常習犯
:特に窃盗症や放火症のような衝動制御障碍を原因とする常習犯。性衝動制御障碍を原因とする常習性暴力犯については、Ⅱの性暴力犯に含める。

Ⅳ 物質依存犯
:アルコール依存症や特定薬物依存症を原因・因子とする犯行者。そのうち違法薬物依存症の場合は、違法薬物を所持・摂取すること自体が犯則行為となる。アルコールや薬物摂取下での暴力犯も含む。

Ⅴ 病理的過失犯
:病的な注意散漫状態で過失に因る犯則行為をした過失犯。ただし、アルコール・薬物摂取下で過失行為をした物質依存者はⅣに含まれるので、物質依存を背景としない過失犯である。

Ⅵ 知能利用犯
:自己の知能を利用する犯行者。財務や情報の知識を悪用する財産犯や情報犯が多いが、犯行を周到に細部まで計画する知能的暴力犯の場合もある。ただし、Ⅰの病理的暴力犯に当たる者は除く。

by comunes | 2023-03-23 12:38 | 矯正学―最後の未踏学術